ステージ前終身雇用

この胸押し寄せる愛を感じたなら歌おう

ジャニヲタ、慶應を受ける。

 
これは1人の地方ジャニヲタが自担*1の母校・慶應義塾大学を目指す受験記です。
 

慶應受験生イチ不純な動機

あたしが慶應に行きたいと思いはじめたのは小学生のころ。(早っ)

 

1つ目の理由は大好きな翔さんの行ってた大学だから。

もっと正直に言うと、毎日大学生だった翔さんと同じ地面を踏み、同じ教室で授業を受け、同じイスに座ってみたかったから。(ここ笑うところ)

小学生のあたしはすくすく(キモヲタとして)育ち、恥ずかしげもなく「あたし翔ちゃんと同じ慶應行く!」と吹聴していた。(マジで消したい過去 by顕嵐)

 

もう1つの理由は、地方ジャニヲタなんてやってらんねえ!!!こんなクソ田舎さっさと抜け出してえ!!!!!から。

最寄りの大阪ジャニショまでは片道3時間、番協メールは申し込めやしないから華麗にスルー、雑誌早売りどころか1日遅れで入荷、「※一部地域を除く」どうも~我々が一部地域で~す!!!

特にJr.担になってからは、現場は東京のみのことが多くて、でも親は東京遠征は許してくれなかったので辛かった。

なんであたしを東京で生み育ててくれなかったの!?と親を恨んだこともあったが、そんな生産性のない感情を抱くより自力で東京の大学に行けばいいと考えてからは早かった。

 

高1

そんなこんなで(?)慶應を第一志望にしていたが、あたしの通う田舎のそこそこの進学校は国公立大学至上主義で、慶應、というか私大受けるなんて1年次から言ってるのはあたしだけだった。

国公立合格率が何より大切な学校側は、「とりあえず東大を目指してみれば?」とかなんとか意味不明なことを言ってきた。

 

話聞いてたか?慶應行きたい言うとるやろ!!!!!

 

先生方からすれば東大が最良かもしれないけど、あたしは(もし入れるとしても)東大には興味なかった。

というより、慶應以外行きたくなかった。

あたしにとって慶應は「自担」だった。

きっかけは不純な動機だったけど、気がつけば慶應は憧れの場所になっていた。

慶應だけがあたしには輝いて見えたし、魅力的だった。

東大生でも早稲田生でもなく慶應生になりたかった。

慶應担のあたしにいくら先生の自担を勧めたって無意味だ。

そうやってあたしは、かたくなに第一志望欄に「慶應義塾大学文学部人文社会学科」と書き続けた。

 

そんなあたしと学校との溝は深まるばかりで、応用クラスに入っただけで苦手かつ入試に使わない理系科目のハイレベルな授業や模試を受けなくてはならず、どんな時も国公立を目指している前提で話が進んでいった。

あたしだって苦手な数学も授業の範囲内のことは(奨学金のために)やってんだから、理系でもわかんない問題なんか解かせないでくれ!!!!!と泣きそうだった。

私立志望のあたしだけが疎外されている気がした。

腹が立つ時は「今に見ておれ、どんなに邪魔されても絶対合格してやる!合格者数一覧にあたしの”慶應1”は入れんなや!!」と反骨心で乗り切った。

 

高2

高2の夏休みにはオープンキャンパスに行った。

2日間で慶應→ジャニショ、明治→サマステキンプリ特別公演→早稲田、というギリギリでいつも生きていたい系スケジュール。(渋る親を説得してEXぶちこんだん自分やろ)

やっぱりあたしの住む場所はここ東京だと思ったし、あたしの通う大学は他のどこでもなく慶應だと感じた。

 

刺激を受けたあたしは、初めて慶應文学部の赤本にあった英語の問題を解いてみた。

模試での判定はいつも良かったし、英語は得意だったので正直自信があった。

結果は撃沈。

問題を解く以前に、語彙レベルの高い超長文を理解することすらできなかった。

そこからは得意教科だからと慢心せず、前にも増して本気で読解力を上げようと努めた。

小論文の添削を国語の先生に頼んだこともあってか、先生たちも徐々に「こいつ慶應に本気だ」と悟ったのだろう、東大を勧めることは諦めてくれた。

 

高3 ~いよいよ受験生な春~

そしていよいよ受験生になった。

まずは受験とジャニヲタの両立のために、少しのヲタ活ルールを設けてみた。

 

①番組リピは3回まで

いや3回までは許して!?

1回で全員見られるほど目ん玉ついてないから!

 

②レポ検索は各公演初日だけ

今まで全公演MC把握しないと気が済まないヲタクだったから、これはけっこう辛かった。

でも1日3公演の時とか、レポ漁るのに膨大な時間を費やしてたことに気づけたからよかったのかもしれない。(でもたぶんこれはまたやる)(もはや中毒)

 

③義務感でヲタ活しない

これは受験生としてだけじゃなく、ジャニヲタとしてこれからも心がけたいこと。

好きな人が出ているから見ていた番組、チェックしていた雑誌、聴いていたラジオ。

その中に、楽しいと思えないのに義務感でやってることがたくさんあった。

趣味なのに楽しくないのは違う。

だから思い切って、楽しくないと思ったことは全部やめてみると、時間もできるし何より楽だった。

歌番組や読みたい雑誌は受験生でも1ミリも我慢しなかったこと、春のせくぞと冬の嵐の現場入ったことはここだけの話。*2

 

高3 ~受験生だから夏を制してみた~

「夏を制する者が受験を制す」ってよく言うから、夏休みは1日12時間勉強すると決めた。(形から入るタイプ)

でも、睡眠に7時間と勉強に12時間使っても、1日はあと5時間残る。

食事など生活のために3時間使うとして、2時間は自由時間なので、そこでDVD見るか少クラなどをリピ。(俗に言うクズ)

夏なのに現場なくて辛かったんです、だから出来心でついいくつか映像作品を摂取してしまって…

 

 

こんなかんじで、息抜きというより息をするように映像見たりしながら12時間ノルマをこなしていくのは、達成感があってけっこう楽しかった。

 

高3 ~変化の秋~

1ヶ月以上の長い夏休みもそうして過ぎ、気づけば入試まで半年を切っていた。

すでに英・国はほぼ仕上がっていたので、秋からは授業以外は日本史しかやらなかった。

もともと日本史は苦手で、平安時代室町時代はだいたい同じだと思っていたぐらいなので、この時点でも日本史のマーク模試は50点前後。

センター試験9割が目標なのであと40点ほど上げなければならなかった。

本番までに間に合うのか、不安がよぎった。

 

でもこの時期から、学校の対応にも少しずつ変化が見え始めた。

それまでは模試は5教科受けさせられていたのが、英・国・日以外の時間は別室で自習させてくれるようになった。

数学や理科の授業でセンター対策のプリントをする時も、あたしには自習の許可をくれた。

ちなみにいろいろと取り計らってくれた担任と副担任は、あたしが慶應を志望する理由が櫻井翔菊池風磨について職員室で議論していたらしい。(頼むからやめてくれ)(なんでバレてんだ)

そうしてあたしは学校でも家でも日本史をやりまくった。

特に使い込んだこれは、

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こすれすぎて完全版じゃなくなった。

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(ジャニーズ関連の物以外は扱いが雑なのも原因の1つではある)

 

高3 ~ラストスパートの冬~

ジャニフワの秋は終わり、ジャニアイが始まる冬が来た。

冬休みからはひたすら受験校の過去問を解いた。 

そこでうっすら気づき始めたのは、あたしは早稲田の問題が得意*3ということだった。

自担を全力で追っていたのに、シンメの彼が視界に入ってくるあのかんじ。(どのかんじだよ)

かといって自担は慶應という気持ちは少しも揺らがなかったので、もうやるしかなかった。Show must go on.

センター試験では英・国・日の3教科を受けてなんとか目標の9割に達したけど、日本史は結局8割。

本番まであとちょうど1ヶ月の追い込みが必要だった。

でも不思議なことに、焦りやいらだちは感じなかった。

嘘だと思われるかもしれないのを承知で言うと、なんか楽しかった。

あたしは今まで勉強も習い事のピアノも、そこそこの力でやってそこそこの結果で終わっていた。

何かに必死で取り組んで、結果がどうあろうと悔いはないと思えるほど努力したのは(ジャニーズのこと以外で)これが初めてだった。

慶應目指してよかったと思った。

 

それから、受験生は冬にいろんな人から応援してもらえる。

2月の少クラのテーマは「YELL」で、なんでかな~と思っていたら、受験生を応援するためだった。

あたし「受験生この時期に少クラ見てる場合かよ」

母「あんた今見てるけど」

ラジオなんかでもいろんなジャニーズが応援してくれた。

それからTwitterでも大好きな林担の方や、

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仲良くなった永瀬担の方が応援してくださってめちゃくちゃうれしかった。

そして何より、決して家が裕福とは言えないのに、私立を受けるあたしの背中をいつも押してくれていた家族や、自分の国公立入試がまだ残っている友人が、試験前にたくさんLINEやメールをくれて、「こんなにあたしの合格を願っててくれる人がいるから、絶対受かって一緒に喜びたい」と思った。

 

誰の為でもなくて 自分のため
そう最初はね
戦う理由を 見つけたんだ

(勝つんだWIN!/Mr.King vs Mr.Prince)

 

もう1つどうしても受からなければいけない理由は、入試の前に春の現場の申し込みと当落があったことだ。

東京で暮らす前提で、Jr.祭りとせくぞツアーの横アリに申し込んで当選し、NEWSコンも東京ドームに申し込んだ。

ジャニヲタに受験休みはないし、コン事務は合格発表まで待ってくれない。

だったら東京の現場決めといて、あとは慶應に合格するだけだ。

 

そんな「絶対に落ちてはいけない受験生」状態だったのに、入試本番はまったく緊張しなかった。

あたしは緊張という感情を今はなき国立競技場の座席にでも忘れてきたのだろうか、と思うぐらい普段通りにできた。

自分の実力は発揮できたんだから、もうあとは採点者のみぞ知るところだ。

本命の試験が終わった日には、センター利用で受けた明治の合格がわかって、春の上京は確定した。

4つあった試験が全て終わった日にはAOKIで入学式用のスーツを買い、次の日にはせくぞ5周年イベントに入った。(どこまでも果てしないヲタク)

渋谷の人のかたまりを懸命によけながら、地元で最大のデパートより大きい駅をさまよいながら、「あたしついにここに住めるんだ…」とドキドキした。(ちなみに渋谷のような都会には住まない)

 

合格発表

早稲田の合格もわかり、ついに本命の慶應文学部の合否結果が発表される日になった。

早稲田に受かっても「ふ~ん」 程度の感情しか浮かんでこなかったので、そろそろ日本史の記憶とともに喜怒哀楽まで忘れ去ってしまったのかと自分が心配になっていた。

でも、マイページにログインして番号を入力しては「次へ」ボタンを押すのをくり返す、まるで当落電話みたいなシステムにじらされる間にだんだん緊張が高まる自分がいて、そのことにホッとするというなんとも複雑な心境で合否ページを開くと、

「合格」

の2文字がステージ上の自担のように目に飛び込んできた。

その瞬間は隣の母のほうが喜びと安堵で胸がいっぱいになっているみたいだったけど、少ししてあたしも「これで本当にあたし、ずっとずっと夢だった慶應生になるんだ」という実感が湧いてきて、油断するとすぐニヤニヤして不審者感満載でお届けしそうになった。

妹が合格祝いのために古本屋でこっそり買っておいたWiNKUPをくれて、センター試験のときも慶應の受験にもWU最新号を持っていって休み時間に読むようなW誌担のあたしはうれしかった。

家族・親戚・友人みんなが自分のことのように喜んでくれて、「自分が行きたくて勉強しただけでこんなに人を喜ばせることができるのって受験生だけだな」と思った。

長年片想いし続けて、女磨きとか好かれるための努力いっぱいして、やっと告白できてOKもらったらこういう気持ちだと思う。いや知らんけど。

 

地方中高生ジャニヲタの同志たちへ

今、地方でJCやらJKやらとジャニヲタの二足のわらじを履いてるみなさん。

渋谷での遭遇情報もクリエの当日券の人数も遠い目して見てるそこのあなたです。

大学で東京に出ることで、それが自分に起こる出来事に変わります。

東京に住みたいと思えば、今から努力すれば住むことができます。

努力するためには、強い意志が必要です。

「自担」と思える大学を見つけてください。

そこに行くための努力を惜しまないと思えるところです。

まっすぐな合格への想いがある人は、夢を現実にできます。

ジャニーズとジャニヲタは、努力しても必ず報われるわけじゃない。

でも受験は違います。

努力した人から順番に合格を手にすることができるなんて、いつも不条理な事務所のシステムより何倍も明確で公平だと思いませんか?

できるところまでやってみてください。

ジャニヲタは耐えることと継続することが特技なんだから絶対できます。

 

 Don't worry my friends 努力は 裏切らない

Don't worry my firends 叶わない 夢なんてない

アスファルトにだって 焼け野原にだって

誇らしく 胸張って 大きな花

咲かせてやれ

(Congratulations/Sexy Zone

 

東京から応援しています。

 

 

*1:ここでは永瀬廉くんではなく櫻井翔さん。

*2:現場終わった直後がいちばん現場入りたくなるからモチベーション上がる、という言い訳。

*3:併願校の文化構想学部。慶應文学部と併願の総合政策学部はいちばん苦手だった。