ステージ前終身雇用

この胸押し寄せる愛を感じたなら歌おう

金内柊真くんの話。

2015年4月2日。

 

あたしはこの日をたぶん一生忘れられないと思います。

 

関西ジャニーズJr.金内柊真くんの写真がジャニショから撤去された日。

 

あの日まで思ってたこと、

あの日に思ったこと、

あの日から思ったこと、

今思うこと、

を今日は書こうと思います。

 

 

2015年3月21日 ~関西ジャニーズJr.春休みスペシャルShow2015初日~

 

あたしははるばる大阪松竹座まで春松竹のグッズを買いにやってきました。

3月大阪に行くなら今年のワク学申し込まないという親からの条件もすんなり受け入れ自担どこだよ状態。

 

チケットはなかったけど、初めての松竹、初めての関ジュグッズ、初めての廉うちわ。

列に並びながらTwitterで流れてくるグッズに「みんな盛れてる!!」と興奮し(廉は盛れてないとか言われてたけど、盲目すぎて「存在が盛れてるから大丈夫」とわけのわからないことをほざいた記憶)、青と黄色のブースがないグッズ売り場にたどり着いてどきどきしながら好きな人たちの名前をお姉さんに伝えました。

 

本当はなにきん*1みんな欲しかったけど、

そのあとジャニショでいくら使うかわからないし・・・と自担以外で買うのは大吾だけに。

 

 代行分も入れたら流星以外の4人のうちわはあったので、人の行き交う中で松竹に来た証拠写真をうちわ持って撮る姉妹。(恥ずかしさほぼ罰ゲーム)

あたしが廉と副担の柊真持つね!なんて言ってた。

初日公演に入っていく人たちを見ながら、「いつかあたしももう1度ここに来て、あの列に混じってなにきん6人に会うんだ~!」と心に誓いました。

 

そのあとジャニショではなにわ皇子の写真はそれぞれ買いましたが、お金がなくて「かねこじは今度来たときお金あったら買おう」と思って買わなかった。

 

帰りの車の中で春松竹とNEWSツアーの初日レポを検索し、紫耀が見学に来てなにきん集合したと確認してうれしくて、「NEWSは今回城ホ入れるけどやっぱ春松竹も入りたかった~いつか入る!!」と意気込みました。

 

 2015年3月31日 ~関西ジャニーズJr.春休みスペシャルShow2015千秋楽

 

年が明ける少し前くらいから囁かれていた不穏な噂。

 

冬の松竹クリパでは日替わりで2人選ばれ手紙を読み合うコーナーがあったのですが、

何度かあったれんとまの日柊真は廉に「関西代表として頑張れ」「夢を夢で終わらせんな」というような言葉を選んでいました。

廉は「一緒に頑張りましょうよ」「これからも6人で」というニュアンスを伝えようとしていました。

関ジュ担は敏感なので、一部で「どういう意味?」と考えた人もいたでしょう。

その時あたしは、東京での仕事が増えた廉から関西への愛を表した言葉かと受け取っていたけど違ったのかもしれません。

その後雑誌に柊真だけいない(後に病欠と発表された)ことが何度かあって、

まいジャニのHPがリニューアルされることになって、

「柊真辞めたりしないよね?」

とみんな不安だった。

毎日楽しい春松竹レポを見て安心していました。

 

でも、千秋楽レポを見て異変を感じました。

 

「みんな号泣」「今日だけ柊真メイン」「最後に柊真からの挨拶」

 

恐れていたことが、起こったんじゃないか。

 

動揺を隠せず、スマホを握りしめて涙をこらえました。

泣いたら本当のことになってしまう。

 

「みなさんがこれからも関西Jr.の夢の道しるべとなってください」「関西ジャニーズJr.頑張れよ!」

 

柊真の言葉に、

「柊真が道しるべになってよ・・・柊真も関ジュでしょ」

と言い返したかった。

 

いやや、しか言えなかった。

「辞める」という言葉を使ったら本当になりそうで、わざと使わずに平野担とLINEしました。

 

最後の日と言いたくはなかったけど、こんな日に東京にいた紫耀のことを少し責めてしまったあたし。

でもそんなことにすら、「今日が最後じゃないから松竹に来なかっただけ」と信じることですがった。

考えないようにしようとしましたが不安で眠れないし、浅い眠りにつけたとしても見る夢は関ジュの夢ばかり。

ただ楽しい関ジュのわちゃわちゃとか、なにきんデビューみたいな夢も見たし、恐れていたことが現実になる夢も見ました。

 

2015年4月1日 ~エリンギプール~

 

エイプリルフールのことを関ジュ担はエリンギプールと呼びます。

目が覚めて、昨夜のことが1日早い嘘だったらと思いました。

ジャニショに写真があることを切実に願いながら、6人のピンナップがついていたWUを本屋に行って姉妹で2冊買って。

最近は東ジュと一緒のことが多かったれんしょのドル誌に「関西がばらばらになっていく」とただでさえ感じていたから、よけい貴重だった。

最後の6人ピンナになってほしくないと心で思いながら、きっと最後なのも頭ではわかっていて、涙でページが濡れるのが嫌で必死で耐えながら読んだ。

ジャニショに写真がまだあること、次々と売り切れたこと。

明日までとりあえず首の皮1枚つながった状態で1日が終わりました。

 

2015年4月2日 ~ジャニショの写真撤去~

 

祈るような気持ちで迎えた次の日。

春休み帰省していた母の実家から故郷に帰る日だったので何時間も車で移動する途中、昼食をとるためにファストフード店に入りました。

食べ終えて、覚悟を決めてTwitterで検索した瞬間に息が止まりそうでした。

 

写真撤去。

Jr.が退所したことを意味する「ジャニショに写真がない」という事実。

 

言葉にできず涙をせき止めるのが精いっぱいで、妹にスマホの画面を見せたらきっとあたしと同じ顔をしました。

 

店の中ではなんとか泣くのを我慢して車に乗り込み、後部座席で妹と2人、声を出さずに泣きました。

カーステレオではウラ嵐マニア*2が流れていて、いつもなら車の中で大合唱なのに、その日は5人の声だけが響いてた。

よりによって「Still…」「僕が僕のすべて」「season」と夢を叶えるための別れの歌ばかりのDISC3でした。

「たぶんあの時僕らは歩き出したんだ 互いに違う道を

いつかあの想いが輝き放つ時まで」

「抱えた物の多さに潰れそうなその時には 思い出して

ずっと繋いできた その手は嘘じゃないから」

嵐/Still... 作詞:多田慎也

 

「ひらひらと花が舞う頃 旅立ちを決めた思いは

今 誰のためでもなくて

思い出を抱きしめながら 僕たちは歩いてゆくよ

今 瞳の奥に 輝く夢は いつでも いつまでも」

嵐/season 作詞:youth case

 

「明日もそう 夢に 向かって 悩んで 笑って 笑って

今ここにいる 僕が僕のすべて それだけは変わらない」

嵐/僕が僕のすべて 作詞:100+

 

 

母はひたすら「ちゃんとお別れすらさせてもらえないのが当たり前の中で、こうやって挨拶できて幸せだよ」「夢があるならぐずぐず続けずに辞める勇気を持ったほうがいいんだから、高3でなかなかできない賢い判断なんじゃない?」と落ち込むあたしたちを慰めてくれました。

 

 

そんなこと頭ではわかってた。でも受け入れることを心が拒んでた。

帰宅して平野担と1時間電話しました。

たぶんその内の45分はただ嗚咽が行き交うだけの通話。

同じことを何度も繰り返して言った気がします。

 

こんなに突然に当たり前だったものが目の前から消える儚さ。

どんなに応援していても繋ぎ止めることができなくて、こちらからは最後に「行かないで」とも「ありがとう」とも伝えることすらできないヲタクの無力さ。

好きな人の選んだ夢を応援してあげたいのに、正しい選択だとわかっているのに、関ジュやなにきんにとってかけがえない存在だった柊真がいなくなる不安で前が見えなくなって、素直に応援すると言えない自分の不甲斐なさ。

もう少し、あと少しだけいてくれたらデビューできたかもしれない悔しさ。

これから仲間の存在さえなかったことみたいにして、柊真のことに触れずに笑顔で先の見えない仕事をし続けなければいけない5人の気持ち。

次があることを当たり前に信じて、グッズや写真を買わなかった後悔。

もう会いに行くことはできない、6人を見れることは永遠にない喪失感。

別れはあまりに急で、はっきり最後だと告げられることはないから、J-webから名前が消されて写真が撤去されたらこちらで悟るしかないし、気づかないうちに最後の仕事は終わっているかもしれないこの事務所のしきたりの恐ろしさ。

 

ジャニヲタやってきてつらいことなんてたくさんあったつもりだった。

でもあんなに悲しい悔しい思いをしたのは初めてでした。

応援していたJr.が辞める経験をしたことがなかったから「退所」の本当の意味をわかっていなかった。

Jr.担をやるってこういうことなんだ、あたしはなんて甘ったれだったんだろうと痛感しました。

 

2015年4月3日 ~3人の入所日~

 

2009年4月3日が柊真の、2011年4月3日が大吾と廉の入所日と知ってから初めての、記念日当日。

初めてお祝いできる!!と何ヶ月も前から楽しみにしていたけれど。

そんな明るい気持ちにはなれるはずもありませんでした。

それでも昨日より気持ちの整理がついて、気を張っていないと涙が落ちそうなんてことはなくて、本音はまださみしいけどちゃんと柊真の夢を応援できるようになろう、と思えるようになりました。

1年前には入所日も知らなかった人のことを、いつの間にかこんなにも好きになってたんだなあ。

そう感じました。

 

その後 ~春から夏、そして今~

 

 いくつかの遭遇情報などで、彼は元気に夢に向かって進んでいるらしいと知ることができました。

彼は退所後よくあるTwitterはじめました、をやりませんでした。

それでいいと思いました。

柊真にはちゃんとお別れを言える春松竹があったから。

 

雑誌の撮影も5人、まいジャニも5人(とそれをごまかすかのような他関ジュ出演)になりました。

最初のうちはまいジャニを見るのもつらかった。オープニングからして6色が5色になってつらかった。

少ない、と感じないでいるにはあまりに6人を見すぎていたから。

 

唯一千秋楽のレポが載った月刊TVnaviや、美容師の仕事について紹介したあほすき*3、最近だと少クラin大阪で彼にもらったギャグを披露した後輩たち。

いなくてもそこにいた、愛されていた柊真を感じてうれしかったし切なかった。

 

7月30日のラジオ「とれたて関ジュース」では楽しいトークの後に大吾が嵐の「Still...」をリクエストしました。

歌詞に注目して聴いてください。

そう言われたけど、聴かなくても歌詞を知ってるあたしはあの日車の中で聴いたイントロで涙が溢れました。

今年の夏はれんしょは松竹にいなくて、柊真ももちろんいなくて、そんな状況とリンクしすぎている歌で。

同期の廉の悩みも聞いてくれて、本当は仲間だけどライバルでもある廉に先を越されて悔しい思いもあるだろうにアドバイスしてくれる大吾は優しすぎる。

愛しいなあって思いました。

31日のラジオ「ガチ・キン」ではこじだいがゲスト。

なにわ皇子とKin Kanについて初めて本人たちの口から過去のユニだと、懐かしいと語られました。

あたしは次の朝にキンプリに会いに東京に旅立つのにどこまで後ろを振り向かせれば気が済むんだろう。

 

今年の夏は関西担にはあまりにつらくて。

なにきんにはもう戻れない。

あたしは正直、柊真のいないまいジャニに前ほど魅力を感じなくなってしまって、もちろんおもしろいけどユニのバランスが崩れて、何かが足りない感じは拭えなかった。

廉が東京に引っ越して、クリエやってサマステ特別公演やって*4

柊真の夢を応援したいのにできなかったのと同じように、頭ではわかっていても素直にキンプリを応援できない自分が大嫌いでした。

それでもビジネスだったのがだんだん結束していくキンプリを自分の目で見たり、雑誌で読んだりして、廉の歌とダンスとMCの成長も感じて、いいユニになってきたな、と受け入れられるまでにたくさんの壁を乗り越えたのに。

やっと好きになったと思ったら今度はキンプリも6人じゃなくなって。

 

でもそれがJr.を応援するってことなんだ。

 

柊真のおかげで甘ったれだったあたしの考えは変わりました。

自担が好きなら与えられた環境を応援するしかないし、目の前から消えて会えなくなるより何がなんでもデビューしてくれるほうがいい。

ただの遊びじゃない、仲間だってライバルで仲良しこよしだけじゃやってけないJr.だから、ユニットなんかにこだわる考えは捨てて、どんな場所でも自担ならやっていけると信じるしかない。

当たり前の明日なんてないし、今全力で応援しないと後悔しても遅いんだ。

 

どうしても、デビューしてほしい。

廉だけじゃなくて、大好きな康二にも大吾にも紫耀にも流星にもデビューしてほしい。

それがいちばん大事で、叶えてほしい夢で。

もう誰も失いたくなくて。後悔したくなくて。約束された明日が欲しくて。

 

わかっちゃいるけどやっぱり好きなものは好き。

なにきんが好きでしかたがない。好きじゃなくなれない。

永遠に叶わないものが好きなんてしんどすぎるから知らなければよかった。

関西にいるときの廉や紫耀*5を、6人の愛しい関係を、見ないままでいられたらよかった。

そうすれば素直に今だけを好きでいて、好きな人の頑張る場所を応援できるのに。

あたしの心が欲しているもの(=関西)を望むことは、今自担がいる場所を応援できないことになるから、夢を叶えてほしいなら望んじゃいけないことなんだ。

2人が関西発言するたびに関ジュであることにすがって、過去にしがみつくファンなんてきっといらないだろうな。

つらくて、「知らないまんまでいたかった」と母に弱音を吐きました。

「あたしはそうは思ったことないけどな、森くんがいなくなっても6人のSMAPが見れてあたしは幸せだったなって考えるけど」

はっとしました。

いつももっと早く出会いたかったと後悔ばかりしているくせに。

6スマから5スマになった時も、

嵐に狭い会場の席すら埋められなかった時代があったことも、

NEWSの人数が減っていった経験も、

事実としては知っていても実感として知らない。

そのことを悔やんでいたのはいつだって自分だったのに。

 

 

確かに輝いていた、でももう戻らない6人の一瞬一瞬に、少しでも立ち会えた幸せはかけがえないものだと気づきました。

だから大事にしてもいい。

抱きしめながら、大好きなままで、少しずつ前を向く努力をすればいい。

いつか笑って振り返ることができる日が来るように。

5人が夢を叶えた先が、柊真の夢が叶う先といつか交わればいいな、と願いながら。

これからどんな未来が待っていて、どんなお仕事をもらえて、どんなユニができるかもわからないし、先のことは何も見えません。

でも、だからこそ、廉をずっと応援するために今全力で応援します。

大好きな人たちがずっとアイドルでいてくれますように。

それが当たり前じゃないことを、今のあたしは知っています。

明日を信じることしかできないけれど、信じられるだけの素敵なものをいっぱいもらったから。

過去にしがみつくんじゃなくて、宝物として大切に心の中にしまって。さみしくなったらときどき宝箱を開けて。

素敵な宝箱をくれた幸せに感謝して。

いたって普通の高めの声がCDで再生できる日と、お誕生日をドームのペンラの海の中でお祝いできる日が来るのを夢見て。

「戻れるはずもない日が愛おしいよ でも明日も僕達を待っている

何処へだってまだ行ける」

「君は君 夢 でっかく描いて

僕はここから成功を願ってる」

「これは別れではない 出逢いたちとのまた新たな始まり

ただ 僕はなおあなたに会いたい

まだ・・・

いつか笑ってまた再会 そう絶対」

「もうはぐれないように 過去をそっと抱きしめる」

嵐/Still... 作詞:多田慎也 Rap詞:櫻井翔

  

結局何が言いたいかっていうと、

永瀬廉くんがダイスキデス♡

そして、あたしを成長させてくれた金内柊真くんありがとう。

 

おわり。

*1:なにわ皇子とKin Kanという関ジュのユニット。まいど!ジャーニィ~という番組で6人でレギュラー出演していました。セクゾ春コンのバックにいたため春松竹には紫耀は出演しませんでしたが。

*2:嵐のカップリングベスト。

*3:この時は番組名が現在のものに変わって「学校再発見バラエティー あほやねん!すきやねん!」。「週末応援ナビ☆あほやねん!すきやねん!」にレギュラー出演していました。

*4:エースばかり集めたクリエAメンバーで結成されたMr.King vs Mr.Princeというユニットは関係性もユニとしてのバランスもないように思えました。今考えればそれは時間をかけて作り上げるものだから、最初からあるほうがすごい。

*5:関西にいるときって、やっぱり顔とか言動とかが素だったりかわいいかんじだったりすると思うのは希望的観測かもしれませんが。この目で松竹にいる廉ちゃんを見てみたかったなあ。